Page: 2/2  << 
義光公ゆかりの古戦場を巡る
上山でのまち歩き研修会から3日経って、今度は山形市と山辺町での現地研修。かなりハイペース。息切れしないようにしなければ・・・。
「東北の関ヶ原・慶長出羽合戦と山形城主 最上義光(よしあき)ゆかりの地を巡る」という、長いタイトルの現地研修会です。



県の広域観光協議会が主催したもので、村山管内の蔵王、上山、天童の温泉関係者に案内をいただきました。天童からは4人の参加です。

最上義光歴史館に集合し、学芸員から館内の展示物を説明してもらってから、車で現地会場へ移動。最初に、戦場となった「長谷堂城址」へ・・・。天地人の旗がはためいています。前から一度は見ておきたかった現場なので、期待していました。



結構山道をのろのろ登ります。もしかしたら、歩くのがお好きでない方には不向きかもしれません。城址までくると、視界が広がります。山形市街が一望できます。

ボランティアガイドの説明で、直江軍の本陣、最上の援軍要請を受けて来た伊達政宗の本陣の場所などを聞いて、意外に近い場所でお互い対峙していたことを知りました。



次の会場へ移動中、大粒の雨が・・・。山辺町の畑谷城址は登らないで、ふもとの「空堀」だけの見学。ここでの戦は、ちょうど農民が米の収穫を祝う刈上げ餅を食べていたときに、突然直江軍に襲われたとか・・・。

家は焼かれ、お祝いの餅も全部食べられてしまったと言います。400年語り継がれたお話。食べ物の恨みは恐ろしいですね。

| 湯の香 松の湯 | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
最上義光のかぶと
山形城主・最上義光のかぶとのペーパークラフトが、山形市「最上義光歴史館」 HPから無料ダウンロードできます。
来年のNHK大河ドラマ「天地人」主人公の上杉の智将・直江兼続と戦った最上義光をPRしようと、同歴史館が企画したもの。昨日の山形新聞に紹介されていました。



本物のかぶと(右)の原寸大(中央)とミニサイズ(左)があります。光沢のある厚紙を使うと、高い質感に仕上がるのだそうです。アップして以来、海外からも問い合わせが相次いでいるといいます。
小生、実は今月はじめに試作しています。作品はこれ・・・。



当館HPのリンク集から歴史館に入れますので、ぜひアクセスしてみてください。
後ろはこんな感じ。



また、山形市の男山酒造では、純米吟醸酒「出羽の虎将 最上義光」を発表。
兼続に負けない義光フィーバーが巻き起こるといいですね。
| 湯の香 松の湯 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
専称寺 天童から山形城下へ・・・
昨日お話した、山形の専称寺のつづきです。
「慶長の悲話」として、400年以上も語り継がれてきた駒姫の話は、いまでも聞く人の涙を誘います。
現在の本堂は江戸時代中期に再建されたものですが、同時期の建物では東北一の規模を誇る木造建築物で有名です。



寺の前で「縁起書」を読んでいると、門前にタクシーが横付けされました。見ると知人のドライバーです。岡山からおいでのお客様を観光案内していました。

「遠いところ、山形までようこそ・・・。」これも何かのご縁と、縁起書の前で専称寺見学前のガイダンスをして差し上げました。

この本堂屋根の四隅を支えているのが、かの有名な左甚五郎作といわれる「力士像」。



4人とも表情や格好が違います。あまのじゃくのような顔にも見えますが、力士なのでまわしをきちんとしめています。



タクシーのお客様と別れてから、おことわりをして本堂の中を拝観させていただきました。ご本尊の阿弥陀如来に手を合わせて「なんまんだぶ なんまんだぶ・・・」。

内部の撮影は遠慮しましたが、本堂の欄間には中国の故事に倣ったたくさんの彫刻があり、見ごたえがあります。一つ一つの物語がわかれば、感動も増すはず・・・。

もともと天童にあったこの寺が山形城下に移されてから、天童の寺は廃寺になることなく、寒河江から「願行寺」(がんぎょうじ)を招き、寺を存続してきたということです。

願行寺も同じ浄土真宗大谷派の寺で、小生(当家)はこの寺の門徒(檀家)です。そんなわけで、昔から専称寺は親しみを感じる寺でした。

| 湯の香 松の湯 | 20:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
駒姫の菩提寺
山形市の一角に多くの寺が集まった「寺町」があります。
その中心をなすのが、本堂の屋根がひときわ高くそびえる「専称寺」(せんしょうじ)です。当館から南へ車で30分。



もともとは、天童の高擶(たかだま)にあったこの寺を、山形城主最上義光が、娘「駒姫」と夫人(正室)の霊を弔うために、山形城下に移したもの。

時は豊臣秀吉の時代、東国一の美女とうたわれた最上家の駒姫・・・。関白秀次の目に留まり、お側女として15歳の姫は山形を発って上洛しました。



しかし、秀次は養父秀吉から謀反人の名の下に切腹を命ぜられ、しかも秀次の子女と妻妾34人を、牛車に乗せて京都の街中を引き回し、三条河原で一人ひとり処刑されたといいます。

都に着いたばかりの駒姫もその中の一人でした。助命の嘆願も必死で手を尽くしたそうですが、それも叶わなかったといいます。



わずか15歳で、不幸な事件に巻き込まれ、はかなく散った駒姫の死を深く悲しんだ父義光は、浄土真宗の専称寺を菩提寺にして、その霊を弔いました。



| 湯の香 松の湯 | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
大河ドラマ「天地人」
NHK大河ドラマ「天地人」が、来年放映されることが決定しました。
主人公は、上杉の戦国武将 直江兼続(なおえかねつぐ)。今から400年以上前の話になります。



当時、豊臣秀吉が政権を握っていた頃、上杉景勝は会津120万石。徳川家康と対抗する立場に位置づけられていたといわれています。

上杉氏家臣団を統率する役割を担ったのが、直江兼続です。豊臣秀吉の信頼も厚かったといいます。

天下分け目の「関ヶ原の合戦」での西軍の敗北で、上杉景勝は敗者となって、米沢30万石へ減封されました。会津から米沢へ移転し、兼続は城下町建設に中心的役割を果たしました。



石高を4分の1に減らされたうえ、数千人とも言われる上杉家臣を養わなければならず、米沢の城下町整備は大変な難事業だったことが想像できます。

兼続のもとでつくられた町が、現在の米沢の骨格をなしていると言われています。
ここが上杉博物館のある「伝国の杜」。来年は、「天地人博」も開催される予定です。



初代米沢藩主となった上杉景勝に仕え、越後から会津を経て米沢へと移っていくなかで、直江兼続を主人公とするドラマ「天地人」では、どのように物語の展開がなされるのか、そして山形や米沢がどのように描かれるのか今から楽しみです。

※米沢市上杉博物館の、「直江兼続の生涯 解説シート」を参考にさせていただきました。「天地人博」の折には、また伺いたいと思います。

| 湯の香 松の湯 | 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
直江兼続のこと
会議出席のために一路米沢へ・・・。当館から車で国道13号線を南下、1時間30分で到着です。
会場は、松ヶ岬公園内の「伝国の杜」。ここは、博物館と文化ホールが合体した施設で、能舞台もあります。

会議が終了して時間に余裕があったので、お隣の上杉神社を参拝してきました。



橋の上から、お堀の鯉に餌を与えている人がいました。バシャバシャ音をたてて、寄ってきます。
米沢は、上杉の城下町。米沢からイメージするものは、「米沢牛」「米織」「上杉鷹山」。

来年のNHK大河ドラマは、「天地人」に決定しました。主人公は、上杉の戦国武将「直江兼続」(なおえかねつぐ)です。
正直、山形県内でも米沢市外の人は、彼の名を知っている人はあまりいないのでは・・・。

米沢市を中心とする山形県の南部、置賜地方の人たちは慶祝ムード。まちのあちこちに、「天地人」ののぼり旗が立っています。



来年は観光のお客様が倍増するでしょう。神社の前の狛犬も誇らしげ・・・。



でも、この大河ドラマの放映を、一時のブームに終わらせないで、いつまでも「直江兼続」の名とともに、彼の功績と生き様を後世に伝えていきたいものです。

それが風格ある町の顔と、市民のプライドを作るのだと思います。
| 湯の香 松の湯 | 06:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

Calendar

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>

Entry

Category

Comment

Trackback

Archives

Profile

Links

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Search

Mobile

qrcode